「真由子の日記」は名作である。

私が好きな漫画は「女帝」「アリエスの乙女達」「真由子の日記」。

なかでも大和和紀さん作(原作者は別にいる)の「真由子の日記」。
これは今思い出しても凄い漫画だったように思います。

(小学生位の時に買って、母に他の漫画本と共に捨てられ10代後半位に又
買って読んだ。。。)

最初の方で真由子が全裸になってメロンの中身を全部くりぬいて
捨てて(高いのに〜〜)それを胸にあて「私は大人〜♪」という
衝撃的な場面。

メロンの中身を捨ててしまうという行為から想像できるように
高度成長期時代の「アリエスの乙女達」の妄想系
リッチ家族にも通じるアメリカナイズ的ハイソ家庭。

家に下宿してくる大学生のいとこに「男性」を感じ
「WHO」のレコードをかけて踊りまくり、

転校してきた真由子の友人の大人びた少女は高校生なのに「ブランデーグラス」で
「マキシスカート」&「シガレット」

ひゃー、書いているとビンビンきます。:mrgreen:

まだまだあります。その友人(確かトミーと言うのよね。当時流行っていた
ミュージカルの主人公の名前か?)が主催する「パーティー」。
急に部屋の電気が消える。気がつくと真由子にのしかかる男性。。。
真由子危ない!・・・・電気が付く。

「一体誰が???」分からない。

そして「トミー」の行動がシュール。

「べトコンごっこ」。コレ何か分かりますか?

車を対面で猛スピードで走らせギリギリのところで止めるんです。
早くブレーキを踏んだ方が負け。

要は「根性試し」でしょうか。

トミーはしかし突然事故で死んでしまいます。ところが妊娠していたのです。
真由子はその相手が高校の先生と思い込みます。理由はトミーが先生との
関係を意味深に話していたからです。

他にも真由子が学校をさぼって行く「ジャズ喫茶」の地下へ続く階段に
「安保粉砕」と書かれていたりして時代ですー。

さてしかし後半に入ると話はつまらなくなります。
真由子が急に肺炎で半年も入院したり、いつの間にか
「本当の父親」かもしれないという男性が出てきたり。

最後は「想像と現実は必ずしも一致しない」という当時の私には
意味不明だった言葉をフューチャーして終わります。

これは「父親かもしれない」男性、及び「先生の子供を妊娠していたかもしれない」
トミーについての事と思われます。

今考えると思春期特有の、不安定な心と純粋だけで生きていられた時代との
決別を意味している言葉なんだと思います。

つまり、大人になるっていう事は、良くも悪くも清濁併せ呑まざるを得ない
現実が待っているという事なんでしょうね。