神戸元町・伊藤グリルの思い出とイマジネーションとエレガンスの関係。

まもなく母の三回忌を迎えるので法要の準備などで忙しくしている今日この頃。
母との想い出の画像が浮かぶとき。背景にはいつも神戸がある。

神戸生まれで神戸育ちの母。

私は恐らく、まだ小学生にも満たないうちから「洋食」に触れて成長した。

想い出の糸を手繰ると、一番遠い過去の私の「洋食」は「伊藤グリル」のビーフシチューだ。
webサイト→ http://www.itogrill.com/

思い出すのは、少し薄暗い路地に面した2階。重厚な雰囲気の店内。

父と母。少しドキドキしている私。

そんな体験の中で。
少しばかりおませさんな年齢でナイフやフォークの扱いなども教わったと思う。

その後も父と、母と、共に出かけた、バレエ鑑賞やオーケストラの演奏の鑑賞、お相撲、歌舞伎、宝塚歌劇、京都の都おどり、、、。

父が買ってきてくれたマクドナルドのビッグマック。銀紙とブルーの文字。
当時はまだ電子レンジがなくてガスオーブンしか家にはなかったので母がそのままオーブンにいれて燃やしそうになったり、、、(笑)

「ボンボンベッド」なるものが流行っていたから、ベランダに置いて日光浴するのが好きだった父。
夜は一緒に流星群を観察したり。

美術が好きな私に、初めて買い与えてくれた美術関係の本にあったジョルジョーネの「嵐」。
(これは私が鮮明に記憶している絵でもある。・・・後で書く事を暗示しているかのようだけれども、、、、。)

当時の私には難しすぎた、白亜紀だとかジュラ紀だとかの恐竜とか地層とかの本も!(とかとか・笑)

そんな・・・・楽しい記憶が沢山ある。

しかしその記憶も私が11歳の時まで。
なぜなら、父が突然他界したからである。

その後残された我々家族の生活は、よくある物語と同じである。

私にとって父の他界は運命から与えられた試練だから乗り越えるしかないが、母の場合はそうではない。
少なくとも配偶者は己の「選択」の結果であるから。

そう思えば、いかばかりの無念さであったであろうか・・・私の役目は決まった。長女として母と弟を守っていくのだ。

さて、その様な中成長し、手に職をつけ、就職した私、、、、。

最初の子育ての合間。インテリアコーディネーターの資格を一回の試験で取得できた。(私の場合、実務が先だったので当然であるが)
当時配布されていた資格者向けの小冊子で、著名な方が華やかな出で立ちで

「インテリアコーディネーターは優雅な暮らしをしている人でなければできない」と。

そのようにおっしゃっている記事を目にした。

「私にはインテリアコーディネーターは向いてないな」と、思った。

けれど今は、こう思う。

「ひょっとしたら、優雅な暮らしを『している人』ではなく『知っている人』って書かれていたんじゃないだろうか?私はそそっかしいので、読み間違えをして、そのままそれが記憶として固まってしまっていたのではないだろうか?」

ただ、あの文章を目にしてからずっと考えてきた事は「優雅」とはなんだろう?という事。
少なくとも私は生活の為に仕事をしてきた人間であり、「優雅」を「暮らしの余裕」と考えれば、自分には全く当てはまらない。

けれどそれを「エレガンス」と言い換えればどうだろう。

私にとっての「エレガンス」とは(こんな所で自分の過去のどうでもいい話を書いてしまったので、これも私には当てはまらないが)、「謙虚であること」「人を思いやること」「自分と誰かを比べて語らないこと」「自分の足で立つこと」・・・・だろうか。

そして前にも書いたかもしれないが、控え目なインテリジェンスはいつも持っていたい。(お勉強ができるという意味では無く、常に勉強を忘れないでいたいという意味です。)

どちらにしても、「イマジネーションは体験を凌駕するもの」。

私は常に、それを信じている。だからこの仕事を続けさせていただけている。